漁の倫理

漁の定義:

漁(いさり、りょう)とは、人間がさまざまな漁具を用いて、水産資源を捕獲する行為のことである。また、さまざまな漁具の種類、用法によって類別される漁の方法のことを漁法(ぎょほう)という。
“Wikipedia抜粋”

なぜ漁をするのか?:

人が生きるための行動であり、それ以外の理由はない。

実際の漁:

”漁”をすると言う”実際”の行動をしてみると、”人”として担うべき責任が少しづつ、わかる様になってくる。
生物が生きるために生物を殺す行為が”漁”だから。
人は水産生物が捕獲できた時、生物の死に、感謝して”漁”を終える。
綺麗事ではなく、人が自然の中で生き感謝(喜び・嬉しさ)を感じる瞬間、それが、”漁”

資源と漁:

上記の様に、実際の漁を行ってみると、資源が豊富な場所で漁をする事が、いかに大切かわかる。
資源のない場所で、いくら釣り糸を垂らしても、潜って貝類を採集しようとしても、それは漁という行動量に比例はしない。
あくまで、資源を生産する環境があって、資源があっての漁という事がわかる。
また、人は生きるために、自然環境・資源を考える責任がある事もわかる。

漁と食:

獲れた魚介類は、人が生きるために食べる。

漁の倫理:

漁は、人が自然の中で生きるための行為そのもので、自然環境・資源があって成り立つ物。

・自然環境を悪化させない。
・資源を無駄にしない。





今回は漁業ではなくに焦点を当てました。

人は0.2ミリの卵から始まる。
人を創るのは食べ物で、それは自然環境と資源が創る。
人、もしくは自分は、自然環境と資源によって成り立っていると、認めざる終えない。
私自身、過激な環境保護論者ではないが、地球にいる一生物の人として、私自身を形成してくれた、自然環境を敬い・資源を敬い、生きる事が何よりも大切と気付かされる。


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